nico's diary

私のいろいろ思うこと。東京在住。自然とクリエイティブなことが好きです。

旅先での話。

 

今、浅田次郎さんのエッセイ集を読んでいて一人で夜な夜なクスッと笑っている。

 

浅田次郎さんの見る視点、自虐、そして知識。
たまらなく好きだな~と思う。

たわいもない日常、仕事での日々を面白おかしく書いていて、
小説家さんにこんなこと言うのあれだけど、
素晴らしいな~と唸るように笑う。

浅田次郎さんも執筆活動をしながら多く旅をしている。
旅先での話もとても面白い。

旅の仕方、過ごし方、感じ方は人それぞれ。

私もプライベートでも仕事でも海外や国内でも飛ぶことが多い。

プライベートで行くときは旅友達とが多いけれど、
仕事では1人だったり上司とだったりだ。

だけど旅先で感じることを私はとても大切にしている。

小学校の頃(何年生だったか)の作った文集に
「 世界を旅する旅人になる」と書いたことがあった。

小さな島国の町で生まれた私は外の世界への好奇心は幼なながらに大きかった。
それは大人になるにつれて大きくなり、いつかこの目で世界をたくさん見たい。
そう思って働きながら貯金して留学して、そして仕事やプライベートで
世界へ行ける機会をたくさん得られた。

そんな旅先での話。
なぜかいつまでも印象に残ることがある。

それは見た景色だったり食べ物だったりではなく。
その土地で会った人と交わした言葉や話だ。

景色や食べ物は形として残せる。写真など。
今は手軽にスマートフォンでサクッと。
だから自分の脳みそはきっとそこまでインプットしなくてもいいと思っている。
もちろん感動した景色はそれなりに覚えていると思う。
だけど息をのむほど美しい景色や死ぬほど美味しいと思ったものも、
写真を見た時にぐらいしか思い出さない。

だけどその土地の人と交わした言葉や話。
それは不思議と鮮明に思い出されて、何ならその時の風景までしっかり覚えている。

ひとつ印象的に残っていることがある。
それは仕事で訪れたニューヨークでの話だ。

私が生まれて初めて訪れた海外はニューヨークだった。
デザインの学校に通っていて当時はアーティスト思考が今よりももっと強かった頃。
研修でニューヨークへ行けるというのを理由に入学したほど、
こんなチャンスはないと心底楽しみにしていた。

それからニューヨークは私の中で特別なものになり、
その研修旅行で1回、カナダ留学中に日本から来た友達と再訪問して2回、
3回目は仕事でという縁がある場所となった。

私の中で3度同じ場所へ行く国や場所は「縁がある国」の称号を与えることにしている。(上から目線w)

そんなニューヨークに仕事で行けるとなった時はそれはそれは嬉しくて仕方なかった。
またひとつ夢・目標が叶う!そんな単純なことも嬉しかった。

英語力も向上している時だったし(もちろん不安もあったけど)
そんな色々な高揚感もあったからかこのニューヨーク出張のことは
今でも色々と鮮明に覚えている。


当時働いていた会社の社長が生粋のジャズ好きで、
ニューヨークといえば聖地がたくさんある場所だ。

「 Blue Noteに行きたい!」

仕事を終えて、社長は嬉しそうにそうお願いしてきた。
その日はカナダ留学時代の友達がたまたまニューヨークにいると聞いて
会う予定をしていたのに…!と思ったが、
社長の夢を叶えないわけにはいかぬ。
というか出張だから、そうしなければならぬと。

Blue Noteはジャズ好きなら知る人ぞ知る有名なジャズのクラブハウスだ。

予約なしでなんて無理じゃないか…しかも週末だぞ…
そう思いながらも、社長とその他会社のおじさまたちを引き連れて
当時28歳の私はBlue Noteの建物の前へ立った。

そこには黒人の案内係がいた。

「 5名ほどいるけど入られないかな!」

「 予約は?」

「 予約はしてないんです… みんな日本から来てジャズ好きで…」

的なことをアピールしつつ聞いてみた。

「 予約してないと難しいよ~」

と言いながらイヤホンマイクで中の様子を確認する黒人の案内係さん。

少ししてその人はこう言葉を発した。

「 君はラッキーガールだ!」

へ?

まさにそんな顔していたと思う(笑)

どうやら相席であれば5人ちょうど入れる!とのこと!

黒人の案内係さんは言った。

「 普通はこんなことあまりないんだよ。」

なるほど、だから私はラッキーガールだったのかと。


こうして相席で入れることになったBlue Note。

ジャズは社長が社内で流す時だけしかたしなんでいなかった。

ラッキーガールと言われたものの、ジャズの良さも分からぬまま
相席をしていいものだろうかとも思った。


相席の場所に着くと、そこには50代ぐらいの中年の白人御夫婦が座っていた。

私は挨拶をして隣に座った。

演奏はすでに始まっていて、適当に強くないお酒を頼んだ。

そして間近で演奏を聴き始めた瞬間、
ジャズなんて聞いてないけどという躊躇する気持ちは一瞬で消えた。
私はその場に馴染むのが割と得意というのもあるけど(笑)

広くない場所。
どちらかというと窮屈な場所。
だけど長く愛され続ける場所であることだけは分かる。

そしてただただ生演奏の素晴らしさに圧倒された。
それがジャズだったからとかそういう視点ではなく。
なんというか本当にその空気感や音、客席と演奏者の言葉のいらぬ通じ合い。
ジャズを嗜んでいなかった私ですら虜にされたぐらいなので、
生粋のジャズ好きには夢のような世界であることは一目瞭然だった。


ほどなくして隣にいた白人の奥さんが私に話しかけてきた。
日本から出張できたことなど私は初めてここへ来たなど会話した。

「 よく来てるんですか?」

私は奥さんにそう聞いた。

「 いいえ、実は私も初めてなの。
私の父が大好きな場所でね。毎週この日に欠かさずこの場所で演奏を聞いていたの。」

「 おぉ~そうなんですね。ジャズ好きなんですね。」

でもなぜ今日はお父さんは来てないのだろうと思った。
そうすると奥さんはこう続けた。

 

「 でも病気をしてしまって寝た切りになってしまったの。
だから今日は私が父の代わりに聞きに来たのよ。」


私はこの話を未だに忘れることができない。

素敵な家族の話。

そう単純に考えればそうなのだけど。

私がこうやって旅先で知り合った人と交わす言葉や話を
印象的に覚えている理由はそれだけではない。

それは全く知らない誰かの人生の物語をシェアしてもらえたこと。

それが私はとても嬉しくて心に残るからだと思った。

それ以外でもある。
バスでたまたま隣に座ったおばさまと話をして息子の話をしてくれたり。

私はとにかく旅先でその時にしか逢わない人と話をする機会が多く、
そしてみんな身の上話をしてくれる。

心があったかくなるような話だったり、そうなんだ~と勉強になる話だったり
自分の身の上話を、旅先でフラッと隣に座った名前も知らぬ私に話してくれること。

旅先で私はそれが一番印象に残る。

景色でも食べ物でも買った物でもなく。

そこで出会った人と交わした言葉。
シェアしてくれた話。

不思議と覚えている。

この初めて訪れたジャズクラブでの一コマ。
なぜか今もその当時の雰囲気、空気感、奥さんの話。
とても鮮明に思い出される。

旅先は世界中の人々の物語が入り混じっている。

その度に私は想う。

世界は広い。
世界には色んな物語が溢れている。
そして人を通してみる世界はとてつもなく広く深く感じられる。

例え辛く悲しいことがあっても
それは長い人生で見ればきっとたった1ページにすぎない。
自分の人生、物語は続いていく。

旅はそんな気持ちにさせてくれる。
だから旅はやっぱり良い。
これからもできるだけたくさん足を運べたらと思う。

小さな世界にとらわれることなく、
広い世界に目を向けてこれからも生きていきたい。


と、同じように鮮明に覚えいてるのは
念願だったBlue Noteに行けた社長の子供のような笑顔だな(笑)

誰かの夢や願いを叶えるお手伝いができたこともまた良しだ。

 

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あの奥さんは今もお父さんの代わりに通ってるかな。


私ももう少し歳を取ったらジャズを嗜んでみようと密かに思っている。

またこの日の物語を思い出しながら楽しめたら素敵だろうな。

そしてニューヨークにもまた行きたい。

私の特別な場所に。