nico's diary

私のいろいろ思うこと。東京在住。自然とクリエイティブなことが好きです。

旅先での話。

 

今、浅田次郎さんのエッセイ集を読んでいて一人で夜な夜なクスッと笑っている。

 

浅田次郎さんの見る視点、自虐、そして知識。
たまらなく好きだな~と思う。

たわいもない日常、仕事での日々を面白おかしく書いていて、
小説家さんにこんなこと言うのあれだけど、
素晴らしいな~と唸るように笑う。

浅田次郎さんも執筆活動をしながら多く旅をしている。
旅先での話もとても面白い。

旅の仕方、過ごし方、感じ方は人それぞれ。

私もプライベートでも仕事でも海外や国内でも飛ぶことが多い。

プライベートで行くときは旅友達とが多いけれど、
仕事では1人だったり上司とだったりだ。

だけど旅先で感じることを私はとても大切にしている。

小学校の頃(何年生だったか)の作った文集に
「 世界を旅する旅人になる」と書いたことがあった。

小さな島国の町で生まれた私は外の世界への好奇心は幼なながらに大きかった。
それは大人になるにつれて大きくなり、いつかこの目で世界をたくさん見たい。
そう思って働きながら貯金して留学して、そして仕事やプライベートで
世界へ行ける機会をたくさん得られた。

そんな旅先での話。
なぜかいつまでも印象に残ることがある。

それは見た景色だったり食べ物だったりではなく。
その土地で会った人と交わした言葉や話だ。

景色や食べ物は形として残せる。写真など。
今は手軽にスマートフォンでサクッと。
だから自分の脳みそはきっとそこまでインプットしなくてもいいと思っている。
もちろん感動した景色はそれなりに覚えていると思う。
だけど息をのむほど美しい景色や死ぬほど美味しいと思ったものも、
写真を見た時にぐらいしか思い出さない。

だけどその土地の人と交わした言葉や話。
それは不思議と鮮明に思い出されて、何ならその時の風景までしっかり覚えている。

ひとつ印象的に残っていることがある。
それは仕事で訪れたニューヨークでの話だ。

私が生まれて初めて訪れた海外はニューヨークだった。
デザインの学校に通っていて当時はアーティスト思考が今よりももっと強かった頃。
研修でニューヨークへ行けるというのを理由に入学したほど、
こんなチャンスはないと心底楽しみにしていた。

それからニューヨークは私の中で特別なものになり、
その研修旅行で1回、カナダ留学中に日本から来た友達と再訪問して2回、
3回目は仕事でという縁がある場所となった。

私の中で3度同じ場所へ行く国や場所は「縁がある国」の称号を与えることにしている。(上から目線w)

そんなニューヨークに仕事で行けるとなった時はそれはそれは嬉しくて仕方なかった。
またひとつ夢・目標が叶う!そんな単純なことも嬉しかった。

英語力も向上している時だったし(もちろん不安もあったけど)
そんな色々な高揚感もあったからかこのニューヨーク出張のことは
今でも色々と鮮明に覚えている。


当時働いていた会社の社長が生粋のジャズ好きで、
ニューヨークといえば聖地がたくさんある場所だ。

「 Blue Noteに行きたい!」

仕事を終えて、社長は嬉しそうにそうお願いしてきた。
その日はカナダ留学時代の友達がたまたまニューヨークにいると聞いて
会う予定をしていたのに…!と思ったが、
社長の夢を叶えないわけにはいかぬ。
というか出張だから、そうしなければならぬと。

Blue Noteはジャズ好きなら知る人ぞ知る有名なジャズのクラブハウスだ。

予約なしでなんて無理じゃないか…しかも週末だぞ…
そう思いながらも、社長とその他会社のおじさまたちを引き連れて
当時28歳の私はBlue Noteの建物の前へ立った。

そこには黒人の案内係がいた。

「 5名ほどいるけど入られないかな!」

「 予約は?」

「 予約はしてないんです… みんな日本から来てジャズ好きで…」

的なことをアピールしつつ聞いてみた。

「 予約してないと難しいよ~」

と言いながらイヤホンマイクで中の様子を確認する黒人の案内係さん。

少ししてその人はこう言葉を発した。

「 君はラッキーガールだ!」

へ?

まさにそんな顔していたと思う(笑)

どうやら相席であれば5人ちょうど入れる!とのこと!

黒人の案内係さんは言った。

「 普通はこんなことあまりないんだよ。」

なるほど、だから私はラッキーガールだったのかと。


こうして相席で入れることになったBlue Note。

ジャズは社長が社内で流す時だけしかたしなんでいなかった。

ラッキーガールと言われたものの、ジャズの良さも分からぬまま
相席をしていいものだろうかとも思った。


相席の場所に着くと、そこには50代ぐらいの中年の白人御夫婦が座っていた。

私は挨拶をして隣に座った。

演奏はすでに始まっていて、適当に強くないお酒を頼んだ。

そして間近で演奏を聴き始めた瞬間、
ジャズなんて聞いてないけどという躊躇する気持ちは一瞬で消えた。
私はその場に馴染むのが割と得意というのもあるけど(笑)

広くない場所。
どちらかというと窮屈な場所。
だけど長く愛され続ける場所であることだけは分かる。

そしてただただ生演奏の素晴らしさに圧倒された。
それがジャズだったからとかそういう視点ではなく。
なんというか本当にその空気感や音、客席と演奏者の言葉のいらぬ通じ合い。
ジャズを嗜んでいなかった私ですら虜にされたぐらいなので、
生粋のジャズ好きには夢のような世界であることは一目瞭然だった。


ほどなくして隣にいた白人の奥さんが私に話しかけてきた。
日本から出張できたことなど私は初めてここへ来たなど会話した。

「 よく来てるんですか?」

私は奥さんにそう聞いた。

「 いいえ、実は私も初めてなの。
私の父が大好きな場所でね。毎週この日に欠かさずこの場所で演奏を聞いていたの。」

「 おぉ~そうなんですね。ジャズ好きなんですね。」

でもなぜ今日はお父さんは来てないのだろうと思った。
そうすると奥さんはこう続けた。

 

「 でも病気をしてしまって寝た切りになってしまったの。
だから今日は私が父の代わりに聞きに来たのよ。」


私はこの話を未だに忘れることができない。

素敵な家族の話。

そう単純に考えればそうなのだけど。

私がこうやって旅先で知り合った人と交わす言葉や話を
印象的に覚えている理由はそれだけではない。

それは全く知らない誰かの人生の物語をシェアしてもらえたこと。

それが私はとても嬉しくて心に残るからだと思った。

それ以外でもある。
バスでたまたま隣に座ったおばさまと話をして息子の話をしてくれたり。

私はとにかく旅先でその時にしか逢わない人と話をする機会が多く、
そしてみんな身の上話をしてくれる。

心があったかくなるような話だったり、そうなんだ~と勉強になる話だったり
自分の身の上話を、旅先でフラッと隣に座った名前も知らぬ私に話してくれること。

旅先で私はそれが一番印象に残る。

景色でも食べ物でも買った物でもなく。

そこで出会った人と交わした言葉。
シェアしてくれた話。

不思議と覚えている。

この初めて訪れたジャズクラブでの一コマ。
なぜか今もその当時の雰囲気、空気感、奥さんの話。
とても鮮明に思い出される。

旅先は世界中の人々の物語が入り混じっている。

その度に私は想う。

世界は広い。
世界には色んな物語が溢れている。
そして人を通してみる世界はとてつもなく広く深く感じられる。

例え辛く悲しいことがあっても
それは長い人生で見ればきっとたった1ページにすぎない。
自分の人生、物語は続いていく。

旅はそんな気持ちにさせてくれる。
だから旅はやっぱり良い。
これからもできるだけたくさん足を運べたらと思う。

小さな世界にとらわれることなく、
広い世界に目を向けてこれからも生きていきたい。


と、同じように鮮明に覚えいてるのは
念願だったBlue Noteに行けた社長の子供のような笑顔だな(笑)

誰かの夢や願いを叶えるお手伝いができたこともまた良しだ。

 

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あの奥さんは今もお父さんの代わりに通ってるかな。


私ももう少し歳を取ったらジャズを嗜んでみようと密かに思っている。

またこの日の物語を思い出しながら楽しめたら素敵だろうな。

そしてニューヨークにもまた行きたい。

私の特別な場所に。












 

 

都会の公園の話。

 

東京には大きな公園がいくつかある。

それも都会のビルのそびえ立つ間にドカンッとある。

私はそれがおもしろいな~とこちらに来て思った。

東京の人口密度は凄まじい。
カナダの人口よりも東京だけの人口の方が多いと知った時、
嘘やろって思った。

でもこっちへ来て都内に住むようになって実感している。

通勤帰宅ラッシュの山手線は3分に1本やってくるというのに
満員であっても人々はそこに押し込むように流れ込む。
ホームに人は途切れない。

平日でも人は多い。
特にオフィス街のお昼時も人の行き来は激しい。

今はインバウンド需要でで観光客も含めば、
主要駅はいつも祭りかって思うぐらい人でいっぱいだ。

そう、地方の田舎から出てきた私にはこの東京人口集中具合が
時々恐ろしく感じる時がある。

でも出てきてよかったなぁとは想っている。
そんなものすごい人口密度を抱える東京は、やはり面白いのは面白いから。

そしてそんな大都会東京にふと出くわすような大きな公園。

公園、自然たくさんの中で育った私は最初は期待していなかった。
都会の公園なんてみたいな。
せめて自然や緑では私の生まれ育った場所には勝てないだろうと。
変な対抗意識も持ちながら。

でもね、全然違った!

都会の公園は私が思っているよりもはるかに良いのだ。

オアシス感、半端ない。

新宿御苑、井之頭公園、日比谷公園、代々木公園。

それぞれ行きましたが。
どこもほんっと良いんです。

それはここが大都会のコンクリートジャングルにいることを一瞬でも
忘れさせてくれるような空間があるからだ。
と、そう思った。

見渡せば遠くにはそびえ立つビルに囲まれているけれど。
それがまたオアシス感を出している感じがある

有名な公園以外にも東京には割と公園がたくさんある。
私の住んでいる場所にも小さいながらも良い公園がいくつかあるし。

東京って割と緑も多いんですよね。

ここ最近は仕事の関連で日比谷公園に通うことがあったので、
そんなことをふと思ったんです。

平日の昼間でもそれなりにいつも人はいて。
楽しそうに談笑するおば様たちであったり、
疲れて休んでいるのかな~なサラリーマンのおじさんだったり。
何してはるんやろうかっていう自由っぽい人もいたり。
観光客の人たちだな~という方々も。

都会の公園は都会の公園らしく、
人それぞれの時間が流れていて面白い。

私も仕事を終えて数分間、ベンチに座ってみたりした。

ビルの合間にポカンとくりぬかれたような青空も。
ぐるーっと見渡せばそびえ立つ高層ビルも。
空気が美味しいのか美味しくないのかは分からないけれど、
木々や植物たちは青々としていて。

良い、都会の公園さん良いよ。

そんな風に思ったのでした。


どんな場所でも自分の気持ちの良い場所は探せるものだ。

生きていくうえで住む場所にこだわる必要はきっとない。

特に私はそうかも知れない。

どこでどんな風に自分らしく生きていくか。

そして誰と生きていくか。

きっとその方が重要で。

私はいつでも自分の居場所をどこにいても自分で見つけてきたから。

これからもそんな風にして生きていくのだと思う。

都会の公園も私のお気に入りスポットのひとつになりそうだ。


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また散策しに行こう!


Rickie-Gさんの話。

 

最近、ハマったアーティストさんと言えば Rickie-Gさんだ。

以前からチラッと聞いたことあって軽く楽曲も知っていたのですが、
Greenroomに行くにあたり改めて聞いていたら…

 

良いっ!

ってなり、実際にライブにて聞いたら…

 

めっちゃ良いっ!

ってなり絶賛ハマり中です。

アウトドア系、サーフ系と音楽と思っていたらば、ルーツはレゲェでした。
言われてみたらそのテイストも分かります。
でもゴリゴリのレゲェよりも聞きやすくポップなメロディラインなので
私もハマったのではと思います。

彼の音楽は野外、自然の中で聞くのがまさに醍醐味。


年を取るにつれて自分のルーツをたどっているように
自然やアウトドアに原点回帰している自分がいるので。

その中で出会えた彼の曲はガンガンと伝わるものがある。

私は好きなアーティストさんに出会う時はメロディラインが好きかどうか…
から入りまして、その次に歌詞。

あ、もちろん歌が上手い下手とか気にするレベルじゃないアーティストさんなので。
そこはもう前提でうまい人しか好きになりません。

Rickie-GさんはGreenroomとコールマンアウトドアイベントの両方で生ライブを
拝見いたしました。

どちらも雰囲気によく合っていて最高でした。

青空、夕暮れ時の空の下。
Rickie-Gさんが奏でる音楽、そして言葉は心に響いて、
いや響きすぎて胸いっぱいに。


この年齢になると本物に触れることが多くなるというか。
ないものねだりな時期もすぎた気がするし。
ただただシンプルに何かを愛して何かを真っすぐ伝える音楽や人に惹かれる。

彼はまた一期一会なライブをしてくれる人。
その場で歌詞を変えたり、ライブならではのアレンジがガンガンある。

 

 

 

 

それは見に来た人にとってとても特別なこと。
当たり前にそのアレンジが最高にうまいし、CDよりも良い。
これは本当に才能ある人しかできないよな~とアーティスト性の高さも思い知る。

このようにして「たまらん」要素が積み重なるアーティストに出会えるのは
私は最高に幸せだと思うし心躍る。

Rickie-Gさんの楽曲を結婚式で流す人も知る人ぞ知る人にはよくあるらしい。
それもよく分かる。
歌詞もとても深く、そして年代的にも合っている気がする。

色々と経験して、そしてまたさらに生きていく人生。
いくつになっても忘れたくないこと。
忘れそうになることも思い出させてくれる。
シンプルで熱い歌詞。
それもまたRickie-Gさんの魅力だろうなと思う。

私が好きな楽曲はやっぱり 「 am08:59 」。
メロディラインも歌詞も最高に好きだ。

歌詞は特に2番が好き。

" つくられた限界はこの世でたくさんあるし
あきらめる為の理由も十分にある
そう 小さなころに描いた夢のスケッチはきっと
明日の自分のためにある
あなたといることに奇跡を感じるこの頃
時計の針は午前9時を指す前だ
そう 曲がるべき角で僕ら出会った
長い旅路を共にするため "


私は「赤毛のアン」シリーズも好きでそのアンの言葉にも
「人生の曲がり角」というフレーズがある 

人生はたくさんの選択があって曲がり角がある。
でもそれは選んでみなきゃ分からない。
曲がってみないと分からない。
それはきっと今よりもワクワクするものであると信じている。

そしてRickie-Gさんの歌詞にもある「長い旅路」の中で。
これからも色々と経験して通るべき道がたくさんある。

" LALALA Life goes on
旅路はlong&wrong&wind
立ち止まってみてみる
何を手に入れたじゃなくて
どれだけ笑っていたんだろう
そしてどれだけ泣いたんだろう
語りきれない日々を
うたで記そうか "


大事なのはその通ってきた道とか過程。
人生において何かを手に入れることに執着したくないなと思う。
そこには欲しか残らないもんね。

この歌の歌詞は色々と教えてくれる。
この年代になったからこそ分かる歌詞だとも思う。

昔の自分なら何かを手に入れることに必死だった気もするし。

これからも日々いろんなことあるけれども。
大好きな音楽聴きながら日々を生きたいと思う。

そしてこれから新作がようやく出そうなこと言っていたので!
新譜も大変たのしみです。

キャンプしながらRickie-Gさん聴きたいな。




 

 

 

 Follow your heart でいきましょう。

笑いながら。

時々、泣いても、できるだけ笑って生きましょう。

きっと Life is wonderful だから。

 

空の住人の話。

 

私は数年前から出張が多く飛行機移動が多い。

日本の島国の島国で育った私は移動手段にはいつも時間がかかる。
それにはもう慣れっこさん。

昔、小さなころは田舎町から大きな町へ出ていくだけでワクワクして、
そのワクワクは憧れになり夢になり海外生活にまで至ったのだけども。

空港に行くだけでそれはそれは高揚したし、
離陸する直前なんて本当にワクワクしてパイロットにでもなった気分でいた。

空港は憧れの場所で昔付き合っていた彼とのデートは空港なんてことも。
2人で色んな時間帯に合わせて飛行機を見に行っていた。
うん、昔から私は変わった子だったな(笑)


留学後、私の生活は一変した。
国内外の出張が増え、飛行機移動が当たり前になった。

友達から「空の住人」って言われるようになった。

昔はあこがれていた飛行機も空港もいつの間にか当たり前になっていった。
むしろそれはそれは疲れ果てて降り立つ場所にもなり、
時には空港へ行くのも億劫になることもあった。

しかしやっぱり今でも空へ飛び立つと何とも言えない気持ちになる。


遠ざかる町と必ず違う空模様を見ながらいつもスーッと深呼吸をする。
これも癖になった。

地元と東京を行き来するのはもう数えきれないほどで、
時間帯や景色の位置などある程度把握できている。

富士山が綺麗に見えるタイミングとか、そろそろ和歌山の山脈が見えるぞとか。

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不思議とそのタイミングになると眠くても窓の外を見て確認している。

自然の面白さはひとつとして同じ時がないことだ。
だからいつでも逃すまいと野生の勘的なのが働くのだと思う(笑)

あと天気が悪い日は揺れないか心配するのだけど、
雲がある飛行はとても面白い。

分厚い雲を抜けるとそこは真っ青な空が広がっている。
そしてその上にまた雲があったりするのだ。

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雲と雲の間の飛行。
ラピュタのような雲を見たり、不思議な雲を見たり。
雲もまた面白い。

そして夕暮れ時の飛行はとても幻想的。
上空でしか見えない空の色がそこにはある。

 

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夜明け、夜中、朝焼けのフライトも全て経験した。
もちろん雷雨の中のフライトも。
乱気流の中のフライトは本気で死を覚悟したなぁ…


そして上空から太陽、月、星の位置を知るたびに地球は丸いと思わされる。

やっぱり宇宙や空はロマンだなぁとしみじみ思う。
見たことない世界が果てしなく広がっているなんて。
好奇心だけは衰えない私にはたまらない世界だ。


どうして男の子に生まれなかったのだろうかと何度も思って生きたこともあった。
パイロットになりたい時期があったから。

高校生の時にバイトして買ったフィルム式のカメラは空を撮るためだったし、
空への憧れは小さな田舎町で生まれたからだろうかなぁ。

今でもNASAに行くのがひそかな夢だったりする。


そして飛び立ったらそこはもう運命共同体
飛行機で事故など起きた時の生存率なんてないに等しいから。
いつも覚悟もしている。
飛行機の事故率は低いとは言え、時々連鎖するように起こりますからね…。


あと私はいつもJALを利用しているのだけど。
毎月、機内雑誌を読むのを楽しみにしている。
浅田次郎さんのエッセイがそれはそれはとても面白いのだ!
いつかその単行本が出ないかと心待ちにしている。

そしてパイロットによる空の解説の話のページと乗客からのお便り。
時々ほろりとさせられる内容もある。

そういう小さな楽しみも含みつつ、
空を飛んで目的地に行くことは素敵なことだなぁと思う今日この頃。

移動距離が長ければ長いほど、地球の反対側へ行けば行くほど。
まぁずっと上空でいるのも疲れるけども。

昔ほど感動はしなくなったけれど、私はやっぱり空の旅は好きだ。

ライト兄弟には改めて感謝したい!

そしていつか宇宙へ気軽に旅行へ行く日が来るのかな?と思う。
NASAのみぞ知るってことだろうけど。
今行けるみたいだけど、まだどこか非現実的だし。費用とか。

私が生きている間に少しでもその可能性は当たり前になるかな~

私よりもはるかに脳みそが長けてる人の探求心と知識に期待して。
「宇宙の住人」なんて言葉が生まれる日を楽しみに待とう。


とりあえず今年下半期もたくさん飛行機乗ります。

続・空の住人です。


ってことで、今からお出かけ!

ちなみに今日は陸、足です。

良い日曜を!

 

山登りの話。

 

ここ数年、本格的に山登りをしている。

 

東京に来てからもアウトドアサークルや登山サークルで一緒に山登りしたり、
こちらにいる幼馴染と一緒に登ったりしている。
まだまだ多くはないが、奥多摩、奥武蔵、丹沢、高尾山に登った。

巷ではいつからか山ガールという言葉が生まれ人気がある。

私はもともと自然の多い地元で育ち、山へ行くことはもう当たり前の生活だった。
すぐに歩けば山があり、森があった。
それこそ幼稚園から学校の一貫で山へ行くのも当たり前だった。

だから山ガールというのはどうも自分にはしっくりこない。
いや、もうガールとは言ってはいけない年代なのでなおさらだ。

私が山登りを本格的に始めたのもそういう友達に出会ったというのもある。
山へ行くのはいつも母や祖母と一緒だった。
同年代で山へ行ってくれる子は周りにいなかった。
だけど、ある時ワークショップで知り合った同い年の友達ができ、
彼女の趣味は山登りだと聞いて意気投合。
それから一緒に山登りをするようになり、私も道具をそろえ始めた。

本格的に始めるとやはり山はいいと改めて思った。

小さなころから自然のある場所へ出かけるのが家族の日課になっており、
山道を車で走りながら山の自然の風を浴びるの大好きだった。
目にはキラキラと新緑が映り込み、壮大な木々はいつ見ても気持ちを解放してくれた。

でも当時はさほどそこまで山への想いはなかった。
それこそ10代~20代前半ぐらいは海も大好きだった。
泳ぐのも得意だったし、水の中だといつまでもいられる子だったので。
海の近くに住みたいと願ったこともあった。

ただいつからか海への関心は薄れた。
単純に暑いのが苦手になったというのもある(笑)
肌が焼けるのも嫌になったし、体調が悪くなることも多くなったからだ。

20代後半にカナダへ留学し、また山が近くにある生活をして、
冬場はウィスラーへ通い壮大な山々に魅了された。

私のルーツであるのはやっぱり山だなと原点回帰かな。

山が好きな理由は明確には言えない。
単純に緑に癒されるというのももちろんある。

凛とした空気感。
鳥などの鳴き声と木々や植物が奏でる音。

不思議と気持ちが落ち着くのだ。
リセットされる感じ。

いつからかビジネスの真っただ中にいて、
キャリアもそれなりに積ませてもらっている中で
時々自分がどの位置にいるのか分らなくなることもある。

だからこそ携帯の電波も届かなくなる山はリセットにはちょうどいい!
ほどよく汗をかき、寒さ暑さも両方ほどよくやってくる山登り。

そして両親のルーツはどちらをたどっても山である。

母と祖父母と出かける時は山が多い。
父親が運転する車に乗ると、突然いつも車を止められる。

「 父さん、止まって!」

山道の脇道に止まり、母と祖母は車を降り一目散に山へと入る時があるw
そう、山菜などを車で走りながらも見つけられるのだ!
なんというさどこさ!(※さどこい = 早い、抜け目がないという意味)

「 ほんま山の子は困る(笑)」

父さんはいつも呆れながら笑う。

滅多に車が通らない険しい山道を通っていると、
時々木が折れて道をふさいでいる時がある。

祖父は車を降りて何も言わずいつもの山道具を腰につけてそこへ向かう。
そしてあっという間に道を通れるようにしてくれるのだ。

山の人はすごい。
たくましい。

足腰も丈夫な人が多いし。

そして土の状態、植物の状態、木の状態。
それを見ながら色々と教えてくれる。
天気だってそうだ。

そういうのを見ながら育った私には、
山には「生きてく知恵」がある気がしている。

あとは「四季」をちゃんと感じられること。
映り行く季節を木々や森はちゃんと反映している。

海や自然の場所はそうだけど、
できればちゃんと「四季」を感じられるところで生きていきたい。

それぞれの四季に知恵を持って生きていきたい。
だからずっと寒い場所とかずっと暖かい場所は苦手だと思う。
特にずっと暑い場所は…
生きてく中である程度の厳しさがある場所が好きだ。



そして東京は数時間電車を乗れば山がある場所に行ける。
それこそ長野、山梨とアルプス山脈だってアプローチできる!

もちろん体力もいるので体力作りもしなきゃとも思っている。

これからも私は山に登る。

どんな山でも良い。

季節と共に楽しみながら。

生きてく知恵も忘れずに。


今月はどこに登ろうかな!

 

 

 

 

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Feel the nature! 

 

東京でジムに通い始めましたよな話。

 

今月から最寄り駅にあるジムに入会した。
そして先日、約1年ぶりにファーストトライしてまいった。

地元にいた時も市営の健康ランド的なジムに通っていた。
その頃と同じメニューをこなしてみたが、やはり疲れた。

ランニングマシン40分(時々歩く)、水泳25m×12本(休み休みしながら)。

徐々に増やしていければいいなぁと思う。
元々スポーツしていた人間なのでやり始めると割とやれてしまう。
走るのも泳ぐのもきつい!からの少し頑張るのがたまらなかったりする。

まぁ剣道の練習ほど厳しいものはなかったので、
いつでも苦しくなったらやめられる自分のペースでのスポーツはやはり良い。


さて、こちら都会のジム。
インストラクターさんたちがやたらとフレンドリーなのですね。

施設ももちろんこちらのが広いし充実しているけど、
自分にとって必要な器具などはさほど変わらない。

とにかくインストラクターさんが豊富であちこちいらっしゃって。
どこの階へ行っても、違う場所へ行っても、爽やかに挨拶してくる。
いいのだけど、なんだろう。
全然いいんだけど、なんかジムでやたら絡まれるのは慣れてなくて困る。


特に気まずかったのが水泳。
泳ぐのが大好きなので黙々と25mを何本も泳いでいたのですが。

そのプールの周りをくるくると時々歩いて、
巡回している若いインストラクターの男の子がおりまして。
見るからに10歳は若くてムキムキな可愛らしい子。

25m泳いでプールの端にいたらこう言ってきた。

 

「 上手ですね!水泳、習ってたんですか?」


見上げるとそれはそれは爽やかに聞いてくるではありませんか。


「 あ、昔少し習ってました、ははは!」


無駄に笑って答えた私。

なにがって、そりゃそうよ。
きつめの水泳キャップにゴーグル(すっぴん)のアラサー(後半)ですよ!
そんな姿で!若い男の子に褒めらるとか!
アラサー(後半)恥ずかしいに決まってるじゃない!
いや、本気で泳いでるとこは見ないでくれ!!w

っていう気持ちになりましたよね。

都会、油断してちゃいけねぇ。

まぁ絡んでくれるのも最初だけかもね?

あと当たり前だけど通ってる人も若い人たちも多い!
地元のはほぼ半数以上がお年寄りでした。
プールとかサウナとかお年寄りさんたちの憩いの場になっていた。
サウナでのお年寄りの会話とかめっちゃ面白かったよな。

人口温泉もあるし色々あるし。
ジムライフは充実しそうです。

ジム友達は作る気はありませんが。
ガチな感じでランニングマシンも泳ぎもしていきたいなと思ってるとこです。
ただまた二の腕がいかつくなったら嫌やから水泳はほどほどにしよ…

あとお腹とかあたり引き締めたいな!
そこは自らインストラクターさんに絡んで聞いてみようかしら。

体を動かすのはやはり気持ち良い。

今宵もそんなジムへ行ってまいります。


 

 

地元の結婚式が呪われているのではな話。

 

今年になって地元で行われる予定であった結婚式が
立て続けにキャンセルになっている。

まぁどれも聞けば無理があったと思える理由ばかりなのでさほど驚かないが。

7月にもう結婚して小さな子供がいる夫婦にサプライズで結婚式してあげよ!
となっていたのだが、奥さんが実は別れたがっているから飛行機キャンセルして!
と連絡が…

まぁサプライズ結婚式ってありがちなことだけどね…
結婚式って愛がないとただの苦痛な儀式でしかないもんね。


あともうひとつは従兄弟。
従兄弟もまた結婚式には縁がないというかもう呪いなのではと思うレベルだ。
数年前に結婚しようと婚約して結婚式場を選んでいた矢先に、彼女に逃げられた。
理由は他に好きな人ができたから…だった。

それから数年後、昨年籍を入れた奥さんと今年の春に結婚式を挙げる予定だった。
その1週間前に喧嘩が勃発。
お金のことで嘘をついていたことがバレたことが発端。
奥さんは従兄弟が仕事で家を空けている隙に
生みの親である母親の元へと身を隠した。
そこから音信不通、やっと連絡ついても考える時間が欲しいと一方的に。
会いに行ったが母親に会わせてもらえず、
結局バカ高いキャンセル料を従兄弟が負担。
結婚式をするつもりがなかった従兄弟が…だ。
結婚式は奥さんが夢にまで見て全部1人で決めていたらしいので…

まぁこのことはもちろんだいぶ揉めた。
従兄弟の親は昔から悪い意味でも良い意味でも放任主義で。
今回の件もかる~く受け止めている感があった。

そこで旗を立ててこれはダメだ!と立ち上がったのがうちの両親だ。
うちの両親は少々駆け込み寺みたいなところがあって。
色々と問題を解決してきたところはある。
が、まぁ今回は身内でのことなのでそうなると言えばそうなるか。

とりあえず今回の件は詳しくはここに書けないけど(書きたくない)、
原因はお金と奥さんのバックグラウンドの複雑さである。

長年勤めた会社にいた経験豊富な経理のおばさんが私に常にこう言ってきた。

「 結婚なんて宝くじよ~。」
「 結婚はその人とその人の家族とすると思いなさいよ~」


その時は付き合っていた恋人なんぞもいなかったし、
バリバリお仕事時代だったのでさほど重きを置いてはいなかった。

が、私も駆け込み寺的な両親の子供だからか、
なんせ周りから色々話を聞くし聞いてきた人間になっていて。
多少なりとも「結婚」とは夢見るものではないということは重々承知していた。

従兄弟のケースはまさにそれだ。
従兄弟の両親はまぁなんというか放任主義だし問題あると言えばある。
従兄弟は祖父母によく懐いていたし祖父母も可愛がっていた。
中を掘り起こせばかなり問題はあったようだけど、
まぁ普通の家庭と言えば普通だ。

しかし奥さんの家庭はあまりにも複雑だったのである。
私も一度その子に会ったことがあったけれど。
どこか影がある子だな~と思ったことがあったのだ。
醸し出す雰囲気的な。

そこにお金が絡んだ結果、結婚式1週間前にして花嫁逃亡事件になった。

色々と知っていくと、
そうなって正解だったんじゃないかと思うほどの相手だったので。

「ま、そんな落ち込まんで!
まだ若いんやし!もうやれるだけやったんならキッパリお別れしなよ!」


と3日間まともにご飯食べてないという従兄弟にそう声をかけた。


これは神様が与えた最大の試練だったと思えと。
お金で解決できたのならそれもそれで良しだとしようと。
命さえあればってそこまでひどい話ではないけど、
昨今、狂ったような出来事が普通にある世の中なので本当にそう思ったのだ。

そして私は言った。
これだけはと大きな声で。

「 もう、結婚式はせんとき!」

それに尽きる。
それはもう呪われてるレベルだもの、私からしたら…
2度あることは3度あるって言うしね…


経験豊富な経理のおば様が言ったように。
結婚するならばその人の家族、バックグラウンドもしっかり見るべきだ。

もしとても複雑でとても厄介そうだとしたならば、
それをカバーできる、もしくは乗り越えられるほどの愛と忍耐があるか。
いや、持てるかを想定してハゲるぐらい考えるべきだと思う。

「結婚」「家族」は創り上げていくものだからね。
おんぶにだっこなんてできるものではないから。
そして何でも覚悟をもって!だ。


だから私はできるだけ家庭環境、育ってきた環境が似てる人がいいと思っている。
家族愛の下で育った私にはとても大きいのだ。
家族の暖かさ、時には喧嘩しすぎでうっとおしさも知っていながらも。
ふりかれば家族で色々したなとか。色んなところ行ったな~とか。
歳をとればとるほどそういうのをありがたく想えるような家族像が。
もちろん完璧なのはないけれど、できるだけ近い方がいい。

家系とは不思議で流れというのはあるのである程度は繰り返すと思っている。
生まれて初めて知るのは家族と言う人間だから。
良きも悪しもその中で人はある程度形成されてしまうもの。

まぁ、家系のジンクスを意識して変えていこうという人であれば別だけれど。
それはそれで相当意識しないときついこともあるんだろうけどね。

そして人はみな、「 まさかそんなこと。」とか
「私は大丈夫。俺は大丈夫。」と思いがちである。

しかし本当に明日には何が起こるか分からないのが人生だと思う。

我が身は明日かも知れぬ。

だから自分の行動には責任をもっていこう。

改めて私も身を引き締める出来事が続いているのであった。